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26|グラスの歴史 木本硝子のチャレンジとグラス製造のお話9

皆さん、こんにちは🎵

実は8/14から9/2まで三週間、ニューヨーク・ペルー・ロンドン・パリと行って来ました、ペルーは夏休みを頂き子供のころから行きたかったマチュピチュとナスカ地上絵、リマ・クスコの街を楽しんで来ました、めちゃくちゃ楽しく刺激的でエキサイティングな時間でした、こちらのブログでもそのうち()書いていきたいと思います。

 

ところで、私はFBを使って日々の活動や木本硝子の情報発信などを行っております、まだ友人になっていない方で繋がっても良いなぁと思っておられる方がおりましたら、木本誠一宛に友達申請とメッセージでブログから来ましたと一言コメントを入れてください、申請のみでメッセージが無いものは大変恐縮ですが、承認いたしかねますのでよろしくお願いいたします。

https://www.facebook.com/seiichi.kimoto.5

 

硝子食器だけを扱い少人数の木本硝子がなぜ残られたのか?私のチャレンジしてきたことについて、お話させていただきましたが、もう一つ大きなポイントがあります。

 

イオンとの取引から学んだことが大きいです、1960年代にドラッカーに経済の暗黒大陸と呼ばれていた流通が大きく変わっていきました。従来型の小売店、委託販売・場所貸・テナント化していく百貨店に対して、1990年代に大きく飛躍した日本のスーパーマーケット業界、店舗の大型化・多店舗化、大型ショッピングセンターの開業などが、大きく変わっていく真っただ中で木本硝子はもがく苦しみながらも、イオングループとの取引で大きく変わることができ、現在も生き残るきっかけになりした。

 

お客様のために最適な商品は??価格はロットはタイミングはなどが基本の考えで、そのための調達については、条件を満たせばオープン競争でした。

 

ライバルは同業の問屋であり、国内外のメーカーやグローバルな大手商社など多種多様でした、そのなかで生き残ったのはガラス食器という小さいマーケットに、徹底的に特化・深化して他社の出来ないことだけを提案し続けてきたことです。

 

こちらについては過去のブログでお話してきましたので、次回からはイオンとのお取り組みで学んだことをお話していきたいと思います。

 

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